酔っぱらい始めた杏奈

 山菜のおひたしや、川魚料理に舌鼓を打ちながら、酒は進んだ。

 鯉のあらいは人によっては泥臭く、全く受付けない人もいるが、秋山は好物だったし、杏奈も美味しそうに口に運んだ。

 ビールは途中でチューハイに変わり、最後は日本酒に変わった。

 杏奈は常にご機嫌の様子だったが、だいぶフラフラしている。

 目がとろんとしてロレツも怪しい。

 

「かひょ~、うっ、おくひゃんと、ほうはんすか~、ひっく」

「奥さんとどうなんですか、と聞いたのか? まあ、仲良くやってるよ」

「う~……、ふらやますぃですぅ~……」

 羨ましいと言ってくれたのだろうか。

 酔っている上での発言とはいえ、男心がくすぐられる。

 

「そのくらいにしておけ。明日に差し支えるぞ」

 午後からではあるが、まだ先方との打ち合わせが残っていた。

「らいじょ~ぶれすぅ~」

 ご機嫌な笑顔を浮かべながら、杏奈はそのまま座敷に寝転んでしまった。

 やれやれである。

 ここまで酔っ払ってしまうとは。

 秋山は杏奈を背負って部屋まで連れていくことになった。

 

酔った杏奈の胸が背中に……

 杏奈を背負って廊下に出た。

 秋山はドキドキしていた。

 だらん、と弛緩した体が背中にのしかかってくる。

 首に回された腕は温かく、まだほんのり濡れている髪からシャンプーのいい香りが漂ってきた。

 

 何より――。

 秋山は生唾を飲み込んだ。何より、杏奈の乳房が背中にぴったりくっついているのだ。

 下着はつけていないようだった。

 感触が柔らかすぎる。

 急速に、下半身に血が集まり始める。

 

 このまま杏奈を部屋まで連れていくと、完全にふたりきりになる。

 杏奈は泥酔している。

 浴衣をそっとはがすと、ほんのり上気した白い肌が露わになることだろう。

 それでも杏奈は目を覚まさないかもしれない。

 秋山はそんな杏奈の体に手を伸ばす。

 弛緩してふにゃふにゃになった乳房の感触を思い浮かべたところで、秋山は頭を振った。

 

「何を考えてるんだ。杏奈は大事な部下だ。酔っているからといって、そんなことしていいはずがないだろうが」

 つぶやき、というにはハッキリした自分の言葉に苦笑した。

 声に出さないと、間違いを犯してしまいそうで恐かったのだ。 

 

「ない。絶対にそんなことはしない。杏奈を布団に寝かせたら、俺は自分の部屋に戻り、タオルを用意して温泉に向かう」

 今回の出張はそれだけを楽しみにしてきたんだ。

「俺には妻も娘もいる。一時の気の迷いで家族を路頭に迷わせてしまうかもしれない。俺の妄想にはそんなリスクがはらんでる。いいか。俺。絶対に杏奈に手出しなんかしないんだ。絶対なんだ!」

 

 自分に何度も言い聞かせているうちに、杏奈の部屋の前まで来ていた。

 ふたつの胸のふくらみに下半身を熱くさせながら、秋山はドアを開け、杏奈を布団に寝かせた。

 

「う~ん……かちょー……」

 杏奈の浴衣がはだけていた。

 もう少しで見えそうな乳首のせいで、頭がカッと熱くなった。

 それでもどうにか。

 どうにか理性を保ち、後ろ髪引かれる思いで杏奈の部屋を後にした。

 

温泉の男湯につかっていると……

 タオルや浴衣を用意して男湯に向かった。

 露天風呂だった。

 まだ杏奈の感触が残っていて、服を脱いだ時は下半身に血が集まったままだった。

 しかし、湯船につかっているうちに、いつもの頼りない姿に戻っていった。

 

 夜空には星がまたたいている。

 ちゃぷん、とお湯が跳ねる音に気持ちが安らぐ。他には誰もいなかったので、よりくつろげた。

 お湯の中で手足を大きく広げた。

「ふぅ~……」

 

 体の芯まで温まってきて、心身共に疲れが癒えていく。

 背中に乳房の感触は張り付いていたが、もう間違いを起こす心配はない。

 そう思った次の瞬間、ガラガラと引き戸の開く音がした。

 湯煙の向こうに人影が見える。せっかく独占していたのに、と残念な気持ちがどっと湧いた。視線を送ると、人影がフラフラと歩を進めた。

 

 危なっかしい足どりだ。

 杏奈のように酔っ払っているのだろう。

 大丈夫だろうか、と案じていたらその人影は尻もちをついた。

「あ~ん、いたーい!」

 女の声だった。

 聞き覚えのある声だ。

 ヨロヨロ立ち上がる人影は湯船に進んできて、その姿をハッキリさせた。

 

 きゅっ、と引き締まった足首。

 ムッチリした太もも。

 肝心の場所はタオルで隠している。

 ぺったんこの腹。

 艶めかしい曲線。そそる腰のくびれ。

 胸。大きくたおやかなふくらみ。やや小ぶりの乳首。

 クッキリした鎖骨の上にある細い首。

 赤くぷっくりした唇――。

 

「うそだろ……?」

 秋山は激しく動揺した。

 石川杏奈だった。

 背中に当たっていた胸の感触が、ありありとよみがえる。

「ここは男湯だぞ?」

 間違いない。秋山も多少酔ってはいたから何度か確認したのだ。

 

 杏奈は秋山に気付いていないようである。

 どうする?

 このままやり過ごすか、声をかけるか。かけるなら何て声をかけるか。

 どうする、どうすればいい?

 自問していると、

「きゃっ!」

 杏奈が足を滑らせ、湯船に落ちた。

 

「おい! 大丈夫か!」

 秋山は思わず立ち上がり、バシャバシャと湯をかきわけ、杏奈に歩み寄っていた。

 杏奈の二の腕をつかんで引き上げると、

「ご、ごめんなさい!」

 秋山にくたりと抱きついてきた。

 杏奈の豊満なふくらみが、秋山の胸でフニャリとつぶれる。

 ドクン。心臓が跳ね上がる。

「杏奈!」

 

 ヒリつく喉から声をしぼり出した。

「あれ、課長? どうしてここに?」

「どうしてじゃない! ここは男湯だぞ! ケガはなかったか?」

「え、あっ……」

 多少は状況を理解したようだ。

「あ、うそ、やだ、私!」