ひなびた旅館の仲居さんを部屋に誘い、夜中にサシ飲みしていたら…
あらすじ
3連休を利用して趣味の登山にやってきた松永は、ひなびた旅館に泊まる。夕食を運んできてくれた仲居さんに懐かしさを覚え、確認すると高校の頃に恋心を抱いていた女性だった。彼女の仕事後、部屋で酒を飲みながら昔話に花を咲かせていたら、彼女の不幸な生い立ちに欲情してしまい…。(連載中)

 

色っぽい仲居さん

 明日の登山に備えて、松永亮平(まつなが・りょうへい)は山間のひなびた旅館にチェックインした。すでに日は落ちかけていて、少しくつろいだらすぐに夕食の時間になった。 

 

「失礼します。お夕食の準備が整いました。お持ちしてもよろしいでしょうか」

「ええ、お願いします」

 部屋の引き戸が開き、仲居さんが現われた。朗らかな笑みをたたえながら、配膳台にセットされていた美味しそうな料理を座卓の上に手際よく並べていく。

 

 山菜の天ぷらやイワナの塩焼き。そして、くつくつと煮立つ鍋はすき焼きだった。昇り立つ醤油の香りが鼻腔をくすぐった。

「これは美味そうだ」

 思わずつぶやくと、仲居さんはビール瓶を傾けてきた。「さ、お疲れでしょ。まずはいっぱい」

「ありがとう」

 

 差し出したグラスによく冷えた琥珀色の飲み物が注がれる。こんもり盛り上がる泡と同じように、心が浮き立った。

「差し支えなければ、いかがですか」松永は仲居さんにもグラスをすすめた。

「あら、嬉しい」

 彼女は快く受け取ってくれた。ふたりで乾杯をすると、行儀よくグラスを空ける彼女のノドが波打った。

 

 白くて細い首だな、と松永は思った。

 

 40中盤くらいだろうか。同世代であることは間違いないだろう。ベージュの着物がよく似合っている。後ろでキレイにまとめられた髪のせいで、うなじがバッチリ見えた。化粧は多少濃かったが、整った顔立ちだった。

 そこはかとなく漂うメスの色香を感じた。

「よければもう一杯」

 松永が再度ビール瓶を傾けると、彼女は手でやんわり制した。

「ありがとうございます。でも、まだ仕事が残っておりますので……」

 

 いそいそと彼女は部屋を後にしようとした。

 松永は慌てた。

 バッグから財布を取り出し、1万円札を2枚差し出した。

「これ、少ないですが。チップです」

「どうぞお気遣いなく」

 にっこりと微笑み、彼女はお金を受け取ろうとしたが、途中で伸ばしかけた手を止めた。

「こんなに……」

「お仕事終わったら、ここで一緒に飲みませんか?」

「それは、でも……」

 

 半ば強引に、彼女の手にお金を握らせた。

 温かくて柔らかい手だった。

 松永は彼女の瞳を覗き込んだ。

「あなたが昔、好きだった女性に似ていたもので、少し感傷的な気分になってしまいました。変な意味はないんですよ。一緒に飲めないなら、それならそれでいいんです」

 

 好きだった女性、というのは嘘ではなかった。

 初恋と言ってしまうとこそばゆいが、高校の頃、恋心を抱いていた相手に彼女はよく似ていた。告白さえできなかった相手だ。学校中の人気者だった彼女は、松永にとって高嶺の花でしかなかった。

「1度出したものを懐に戻すのはカッコ悪いんで、よければ受け取ってください」

「いいんでしょうか…こんなに……」

 戸惑いがちに札を胸元に差し入れる彼女の左手の甲にホクロがあった。そういえば、と松永の脳裏に20年以上も前の思い出がよみがえった。

 

文化祭の思い出

 初恋の女の子の名前は、板垣早苗(いたがき・さなえ)。

 たった1度だけ、彼女と手を繋いだことが松永にはある。

 あの日は文化祭の前日で、校内全体が異様な高揚感に包まれていた。

 松永のクラスの出し物は定番のお化け屋敷。

 

 内装が完成した際、学級委員だった松永と早苗は、最終点検のため、ふたりでお化け屋敷の中に入ったのだった。

 当然、内部の設計を全て把握していたので松永は恐くも何ともなかったが、早苗は違うようだった。少々不安そうに寄り添ってきた。

 胸が痛いくらいに高鳴った。もちろん恐いからではない。早苗が近すぎたからだ。

 肩と肩が触れ合う距離感で、ふたりは進んだ。この時間が永遠に続けばいいのに、と願いながら、出来るだけゆっくりと進んだ。

 

 そしてもうすぐ出口、という段階だったと思う。

 フランケンシュタインに扮したクラスのお調子者が突然しゃしゃり出てきたのだった。

 早苗は悲鳴を上げ、俺の腕にしがみついた。そして手を繋いできた。ぎゅっ、と恋人繋ぎだ。

 思い出しただけでもドキドキするのだが、彼女の2つふくらみも俺の腕に当たっていた。彼女のふわふわの髪からは、甘くていい匂いがした。

 

 ――もう! びっくりしたじゃないの!

 

 早苗がお調子者に声を荒げ、ひどいよね、と言って俺の顔を覗き込んだ。

 完全にのぼせ上がっていた俺は、ああ、とか、まあ、とか、曖昧な返事をしたような気がするがいつまで手を繋いでいたのかは覚えていない。

 ギンギンになった自らの下半身に気を取られていたからだ。

 このままお化け屋敷から出たらバレてしまう。松永はそれを誤魔化そうと、必死にイチモツのポジションを調整していた。

 

 たぶん、あの時は誰にもバレずに済んだはずだ。繋いだ手の甲にあった彼女のホクロはその時以来、彼女に対する恋心の象徴になった。

 そんな些細な、だけど当時の松永にとっては大きな出来事も、年を重ねるとごに記憶の奥に押し込まれ、仲居さんのホクロを目にするまで思い出すこともなかった。