そんなに怒らないでよ!

 やっとの思いで丘を越え、山小屋に入ったとたんに淳平君の形相が変わった。 

「バカやろう! 死にたいのかよ! 雪、なめてんじゃねえよ」いつも誰にでも優しかった彼の怒った顔を初めて見た。

 

「だって……」

「だってじゃねぇ!」

「だってだって!」

「ふざけんなよ!」

「だって好きなんだもん!」

 

 涙で詰まりそうな声を必死にしぼり出した。

 

「好きなんだからしょうがないじゃん。私だって女の子なんだよ? フラれてもフラれてもコクり続けて、どんなに傷ついたか分かる? 大学生活棒にフったんだからいいじゃん! 手を繋げて嬉しくたっていいじゃん! 何でそんなに怒るの!」

 

 我慢できなかった。

 どっ、と涙が流れて止まらなかった。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっているのは分かったけど、どうしようもなかった。

 そんな私のブサイクな顔面に少しひるんだのかもしれない。ごめん、と彼は謝った。「ごめん、言い過ぎた。寒くて心細くて、つらかったのはさっちゃんなのに……」

「同情したの?」

「え、何?」

「私がブスかったから同情したの?」

「は? 誰も、そんなこと……」 

「いいの。同情でも、優しくしてくれるなら、ブスでもデブでもバカでも、何でもいい」

「だから違うって。そんな風に思ってねーよ。ったく、めんどくせーな」

 言いながら、彼は電気ストーブに向き合った。

 

「一応さ、有事に備えてこういうの、用意されてんだよ。布団もどっかにあると思うから、探してきてくれる?」

「はい!」

私は小学生のように元気よく返事をして、室内を見回す。

って。探すほど広い室内ではなかった。

10畳ほどの部屋の奥に開き戸があった。布団はここにありますよ、と主張されているようなものだ。

 

 私は布団を取り出そうとした。

 彼と一緒にいる、という合法ドーピングのせいで体力が限界に達していることにも気づかずに。

「んしょ」

 布団を抱え上げようとした瞬間に足がガクッと落ちた。

「きゃぁっ!」

 ぶざまにひっくり返った。

 起き上がろうとしたのに体に力が入らなかった。

 

 ――さっちゃん、どうした!?

 

 淳平君の声がどんどん遠くなる。ああ、まずいな、と朦朧とする意識の中で考えられたのも束の間だった。

 私の記憶は飛んだ。

 

凍えた体を温めて

 寒い。

 震えながら目覚めた。

「さっちゃん!」

 ボヤけたピントがじょじょに合ってくる。淳平君の顔が近い。

 仰向けに寝ている私を彼がのぞきこんでいるのだと分かるまで、十秒くらいかかった。

 

「私…」

「よかった! 気がついた! 急に倒れるからびっくりしたよ!」

 

 そうだった。

 私は布団を取り出そうとして倒れたのだった。

 私に最後の一撃を加えた布団の中で私は寝ている。

 だけど、違和感を感じた。

 

 布団の中の手を動かした。

 お腹を触る。素肌だった。

 そのまま手を上にずらす。

 おっぱい。やっぱり素肌。

 パンツははいていたけど、つまり私は裸だった。

 ややパニクった。でも、何をどう考えても、私の服を脱がしたのは淳平君でしかありえない。

 

「見た?」

「何が?」

「私の裸」

「ごめん……」淳平君は目を伏せた。「服、濡れてたから。風邪、ひいちゃうと思って…」

 

「けっこうキレイだったでしょ?」

「ば、ばか。見てねーよ。そんなには……」

「少しは見たんだ?」

「仕方ねーだろ。なるべく見ないようにしてたけど、そりゃ、多少はさ……」

「いいの。私の体は淳平君に見られるためにだけ、存在していたから」

 

 ボディソープも。

 ボディオイルも。

 バイト代はたいて、つま先までしっとりスベスベの肌を保とうとしてきたのは全部が淳平君のため。淳平君に見られても、触れられても恥ずかしくないように毎日毎日メンテナンスを怠らなかった。

 我ながら涙ぐましい。報われるはずの無かった努力が今、やっと報われたのだ。

 だからいいの。

 

「淳平君……寒いよ」

「今、おかゆ作ってるから」

「温めて。淳平君の体で温めて。誰にも言わないから、だから温めて。寒くて死んじゃいそうだよ……」

 目からこぼれたしずくが頬を伝う。

 とまどいながらも淳平君は裸になってくれた。筋肉質の美しい裸。

  

「脂肪とか全然ついてないね」

 私がそう言うと、多少はあるよ、とちょっと怒ったような顔で私の布団の中へ入ってきた。